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キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!

キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!
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2023年にはファン待望の新作映画の公開も予想されているキングダム。

さらに、単行本の売上げも順調で、キングダム展や演劇の公開も開始しております。

そんな大人気漫画キングダムの主人公・信の、ライバル的存在になる王賁についての内容となります。

ここでは、キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!を、お伝えしていきます。

王賁は、イケメンキャラで根強いファンもいる様ですね。

主人公の信と肩を並べるほど強くて格好良く、名家の跡取りとして登場しプライドが高いキャラとして認知されているでしょう。

そんな大人気キャラ王賁は、最後には討たれて終わるのか気になるでしょう。

キングダムは史実に基づいて描かれる作品で、ネタバレとなりますが王賁の最後はどうなるのか気になって先に展開を知りたい方へ、読んで頂きたい記事になっています。

キングダムは一部オリジナル要素が組み込まれている作品ですが、ほぼ史実の出来事に沿ってストーリーが進んでいます。

よって、メインキャラはほぼ史実通りの展開に進んでいる為、史実を知ればキングダムの展開を予想する事が可能と考えております。

ネタバレとなりますので、キングダムを先入観なく読みたい方は、読み進めないで下さいね。

さっそくですが、キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!を、ご覧ください。

 

キングダム王賁の最後は討たれる?

始皇帝となる嬴政が、中華統一するまでを描いた漫画のキングダムは、今や老若男女に大人気の作品になっています。

映画だけでなく、キングダム展、舞台にもなっており、多くのファンから指示されていますね。

そんなキングダムの主人公である信の良き友であり、ライバルとして描かれている王賁も、根強いファンがいる様ですね。

ここからは、その王賁の最後について調査しましたので、ご覧ください。

 

キングダム王賁の紹介

王賁が初登場したのは17巻になります。

信と同様に三百人将で、同世代のライバルとして噂されていた飛信隊を対面する形で登場しました。

貴士族出身で幼い頃から武力に関しての、英才教育を受けた玉鳳隊の隊長です。

王賁と言えば、父の王翦がきっかけで鍛錬して槍の使い手として認知されております。

六大将軍にも選ばれた王翦の息子の設定ですが、未だに親子の仲の良い場面がなく、寧ろ自分の子では無いかと疑われている状況です。

名門王家の出身だけにプライドが高く、下僕出身の信からすれば鼻につく存在ですが、泥臭い戦い方も出来て六大将軍への道を歩んでいる将軍の1人です。

主人公の信が慕っていた王騎と同族ですが、王賁の家系の方が王氏の宗家です。

王賁のプライペート情報ですが、なんと彩華という人物と結婚しており、子供も産まれました。

まだ、王賁のプライベートに関しては未知の部分が多く、今度明らかになってくると思われます。

未だ謎なのは、王賁の母親は朱景という名前の女性です。

しかし、史実には母親の名前はおろか、どのような人物だったかも記されていない様です。

おそらくは、朱景というキャラは漫画のオリジナルなのでしょう。

この事で、王翦との親子関係が複雑視されていますね。

ネタバレになりますが、王賁は史実にも登場し、紀元前221年に信と蒙恬と3人で最後の一国の斉を攻略し、中華統一を果たすことになります。

 

王賁の最後は誰に討たれる?

王賁の最後を調べてみますと、下記の様な史記がありました。

紀元前226年、燕王喜は遼東に逃げ、王翦は燕の国都を平定して帰還した。

秦は王翦の子の王賁に命じて荊(けい楚)を撃たせ楚軍を破った。

ーーーーーーーーーーー中略ーーーーーーーーーーーーー
秦の始皇帝は既に三晋(趙・韓・魏)を滅ぼし燕王を逃走させ何度も荊軍を破った。

この文面から読み取れる内容は、王賁は度々、楚と戦い何度も撃破している様です。

また、王賁の父である王翦は、紀元前224年に楚王を捕らえ、翌年には蒙武と共に新しく楚王になった現秦国の参謀である昌平君を戦死させます。

楚国にとっては、王賁と王翦の2人は目の敵と言っても過言ではない存在です。

最終的には、楚は滅ぼされますので、王賁も王翦も討てませんでした。

この2人への恨みは、王賁の子孫の「王離」の時代になってからの話になりますのでここでは割愛します。

では、王賁はどんな最後を迎えたのでしょうか?

実は、王賁の死に関しては記述が残されていませんでした。

中華統一に尽力した王賁は、戦死したとうい可能性が低いのではないかとう見解です。

父親の王翦は、秦国最強の武将と称され、また王賁も裏方で父親の戦果を支えた1人だと考えられます。

よって、中華統一後はある程度の地位を貰って、寿命を全うするのではないでしょうか?

しかし、キングダムは中華統一までのストーリーが描かれる予定ですので、キングダムでの最後は戦場で討たれる事はなく、秦国の武将として活躍して終わると推測します。

 

キングダム王賁は何歳で死ぬ?

ここではキングダムと史実の内容が入り交じる考察になりますが、何歳頃に死んだのかを考察ます。

紀元前219年までの記録があります。

しかし、紀元前215年には蒙恬が指揮を取っています。

もし、王賁が生きていたのであれば、記録に名前があるはずですが記載がありません。

ですので、この時には王賁がなくなっていたのでは・・と、考察されています。

キングダムでの設定では、王賁は紀元前259年生まれで、紀元前215年となりますと44歳と推測されます。

よって、40歳〜44歳の間に亡くなったのではないでしょうか?

 

キングダム王賁の史実での死亡理由は?

キングダムはご存知の通り、嬴政が中華統一を果たすまでのストーリーを描いた作品です。

作者はキングダム制作に関してのインタビューで、「中華統一後も描きたい」と解答し、プロローグ的な「その後」も少し描きたいと言っている様です。

結果、王賁の最後は、将軍として「斉」を滅ぼすまでになるはずです。

しかし、気になる史実での王賁の最後は、どのようなものなのでしょうか?

調べてみますと、王賁について書かれている、史記白起王翦伝には以下のような記述がありました。

「秦の二世皇帝の時、王翦と王賁は既に死んでいて秦はまた蒙氏まで滅ぼしてしまった。」

この文面を見ると、王翦と王賁は始皇帝の在世中に死んだようです。

始皇帝死後に起こる遺言の改竄での権力を握った宦官、趙高による政敵の大粛清が起こります。

王賁はこの大事件に遭遇する前に、寿命で死んでしまったのではないでしょうか?

ちなみに、史実で王賁の息子についても記述がありました。

史実の王賁には、王離という息子がおり、王賁と共に始皇帝に仕えます。

その後、始皇帝崩御後にも二世皇帝にも仕えている様です。

王離の最後は、楚との戦いで項羽に捕らえられ、その後の生死については、分かっていません。

王離にも二人の子がおり、その後の史実でも王一族を引き継いでいきます。

キングダムでも、62巻で王賁は彩華という女性と結婚し、子供が生まれたことで信が驚いていましたね。

王翦、王賁、王離と王一族は力を持っていたことは間違いないでしょう。

 

まとめ

キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!はいかがだったでしょうか?

中華最強と言われている王翦の息子であり、キングダムでも主人公である信のライバルとして描かれていますね。

史実では、王賁は始皇帝に使え、寿命で亡くなったと推測されます。

しかし、キングダムでは信のライバルとして6大将軍になり、中華統一に尽力するのではないでしょうか?

よって、キングダムでは中華統一まで描かれるはずですので、王賁の死はないはずでしょう。

中華統一後は、秦は僅か15年で滅亡する短命な王朝であり統一後は、どうしても崩壊していく秦を描かないといけなくなります。

キングダムで衰退していく秦は見たくない気もしますね。

王族でプライドが高い王賁ですが、実は努力家で情に厚い男の様に伺えます。

また、王翦との親子関係もこれから明らかになってくるでしょうが、3代に渡って活躍する事実は明らかの様です。

史実での最後が明確に記されていませんので、キングダムでもし最後が描かれるとすれば、どの様な最後になるのかも見ものです。

今回、王賁の調査をし、様々な情報を確認しましたが、王賁については史実で明確な情報がありません。

前後の文面から推測になるので、やはりキングダムでどの様に表現されるのかを楽しみにしておきましょう。

王賁のカッコイイキャラを守った最後に期待しています。

キングダム王賁の最後は討たれる?史実での死亡理由も徹底調査!を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。